ダメな自分も受け入れる!!

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    惨めな自分、弱い自分、臆病な自分、ケチな自分、

     

    冷酷な自分、情けない自分、嫉妬深い自分・・・_| ̄|○

     

    セラピーをしていくと、色んな自分に再び(?)出会います。

     

    こんなネガティブな自分を、中々受け入れられないものですゆう★

     

    受け入れられないからこそ、自分の中から排除したのです。

     

    でも、これらのものがあるからこそ、

     

    もっと強くなろう、

     

    尊敬される人になろう、

     

    思いやりのある人になろう、

     

    太っ腹な人になろう、

     

    と頑張る原動力になってきたんじゃないかと思います。

     

    しかし、自分を嫌ったまま、必死になって頑張っても、

     

    終わりがないので、いつしか心は疲弊し

     

    もう頑張れない・・・となります。

     

    そして、嫌うことで、

     

    より「嫌いな自分」で心がいっぱいになり、

     

    苦しくなります。

     

    受け入れるというのは、嫌いな自分を好きになれ

     

    ということではありません。

     

    自分の中の、ダメだとくくってしまって

     

    排除した存在も、「あるよな〜」と認めればいいだけです。

     

    そんな私がいるんだから、それは事実なんだと、

     

    受け入れてしまいましょう。

     

    そうすると、心がとっても楽になりますニコッ

     

    いいところしかもっていない人間なんて、

     

    この世にいる訳がありません。

     

    私はそんな立派な人を、未だかつて見たことがありません泣き

     

    しかし、どうも、自分はダメだと卑下している人は、

     

    立派な人間であるべきだ!と思っています。

     

    ありのままを受け入れましょう、勇気を出して!!ちゅん

     

    只今、私も奮闘中汗汗

     

    セラピールーム グリーンテラス

     

     

     


    究極の安心は、信じ切る!!

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      日々、色んな「不安」が湧いてきます。

       

      子供の将来のことを心配したり、

       

      仕事がうまくいかなかったらどうしよう、

       

      職場の人間関係、友人関係、お金のこと・・・など。

       

      毎日不安でいっぱいです泣き

       

      その不安を防衛するには、どうしたらいいかです。

       

      絶対に不安にならない方法が一つだけあります。

       

      それは、もう大丈夫だ!!と、なんでもいいから信じ切ることです。

       

      そうなんですひらめき 究極の安心は、信じ切るエクステンションという心にあります。

       

      毎日、大丈夫だ、大丈夫だと言ってみても、

       

      大丈夫と言うのは、おおよそ大丈夫という意味で、

       

      もしかしたら大丈夫じゃないかも・・・

       

      本当に大丈夫かな・・・?

       

      と、「かも」や「かな」という一抹の不安が残りますゆう★

       

      その一抹の不安を切り落としてくれる言葉が、信じ切る!!です。

       

      先のことをあれこれ考えているより、

       

      絶対大丈夫だ!!と信じ切り、言い切ります。

       

      その瞬間、不安は安心に変わりますニコッ これは見事ですにじ

       

      不安は、外側からもたらされたものではなくて、

       

      自分の内側の問題です。

       

      信じ切れたら、必ず救われます手

       

      セラピールーム グリーンテラス

       

      「子育て相談会&アドヴァイザー講習会」へのご参加をお待ちしていますひよこ

       

                  

       

       

       

       


      自己肯定

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        自分には自己肯定感がないと、よく言いますが、

         

        自己肯定するとは、どういうことなのでしょうか?

         

        自己肯定とは、自分を受け入れることです。

         

        受け入れたその瞬間に、自己肯定が生まれるのです。

         

        つまり、人間が変わるというのは、

         

        自分をまず受け入れることから始まります。

         

        良きも悪しきも、全て私として受け入れるということです。

         

        肯定とは、そのまま認めることです。

         

        それが中々出来ないのは、どうしてかというと

         

        良きものはプラス、悪しきものはマイナスと

         

        自分で符号を付けているからです。

         

        人に冷たいところはマイナス、気が弱いのもマイナス

         

        言いたいことが言えないのもマイナス…etc

         

        プラスは認められますが、マイナスには排除する心理が働きます。

         

        当然、この符号は他者にも適応されます。

         

        自分にとって、あの人は優しいからプラス

         

        あの人には、いつも怒られているからマイナスゆう★

         

        あの人と付き合うと利益がある

         

        出来る人はプラスで、出来ない人はマイナス・・・

         

        では、なぜ人は記号を付けるのでしょうか?

         

        それは、善悪と利害損得、敵か味方かの3つからです。

         

        しかし絶対の善も、絶対の悪も、絶対の味方もありません。

         

        損して得取れという言葉もありますから、

         

        絶対の利もありません。

         

        全てのことは相対的です。

         

        ですから、プラスでもマイナスでもなく

         

        okと言えれば符号が消えます手

         

        そうすると、受け入れられますニコッ

         

         


        他者は私の無意識を演じるパートナー

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          「人は鏡」といいます。

           

          他者は私の無意識を演じるパートナーです。

           

          例えば、とっても嫌いだなーと思う人がいたとします。

           

          これは、私は私の無意識を、その嫌いな人を通して見せられていますゆう★

           

          どこが嫌いかを認識した限り、それは全て私を表します。

           

          例えば、ケチだから嫌いだ、生意気だから嫌だと認識したとしたら、

           

          ケチな自分だったり、生意気な自分が嫌なので、

           

          自分の中から排除し、なかったことにしていたのです。

           

          しかし、元々自分はそれを認識していますから、

           

          そういう人が来ると、気になって仕方がありません・・・

           

          自分が気になった人は、全部自分の鏡です。

           

          気にならない人は、引き付けることはないからです。

           

          人だけではなく、気になったニュース、気になった全ての事は、

           

          全部私の意識の細胞です。

           

          故に、私が認識した全てのものは、私自身の分身です。

           

          「あのケチな嫌いな人は私だ!!」

           

          と言えたら、とっても成長しますにじ

           

          私も奮闘中汗Docomo_kao8

           

          セラピールーム グリーンテラス

           

           

           

           

           


          言いたい!は → 痛い!に

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            私たちは心を言葉にして表現します。

             

            心の中の辛い思いや、悔しい思いを、

             

            言葉にして吐き出すとスッキリします。

             

            しかし、聞いてくれる人がいなければ、言葉にできません。

             

            たとえ聞いてくれる人がいたとしても、

             

            とても恥ずかしくて口に出来ないことや、

             

            相手のことを思いやり、どうしても言えなかったり、

             

            言葉にすること自体が、屈辱であったりと、

             

            言えないことはいっぱいあります。

             

            その言えない言葉は、言いたかった言葉ですから

             

            どうしても表現したいと、人は思います。

             

            言葉にして表現できないとすれば、どうするかと言うと、

             

            一番身近にある自分の「体」を使って表現します。

             

            それで色んな病気になって、言いたい→痛い!と訴えます。

             

            私も、色々と表現してきましたゆう★

             

            心と体の健康は、言いたいことを言える環境を

             

            持つことが必要ですね。

             

            その環境の一つとして、

             

            セラピールームがお役に立てたら幸いですニコッ

             

            一年間、ブログを読んで頂きまして、

             

            ありがとうございました。

             

            2017年も、どうぞ宜しくお願い致します。

             

            良いお年をお迎え下さいゆう★

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             


            快と不快

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              赤ちゃんの感覚は、快と不快しかありません。

               

              空腹の刺激が泣くという行為を生み出します。

               

              これが不快と言う感覚です。

               

              授乳によって満たされれば、不快が快に変わります。

               

              ところが適切な授乳がなされなければ、

               

              不快がいつまでも続いている状態になります。

               

              不適切な授乳が頻繁であれば、不快が通常状態になり、

               

              不快が快となってしまいます。

               

              なぜなら、通常状態が普通ですからこの状態を正常と捉えます。

               

              とすると、空腹が快で満腹が不快というおかしなことになります。

               

              こうして、不快を求めていくことになります。

               

              身体の構造は精神の構造にも表れます。

               

              心の快というのは、簡単に言うと「やさしさ」です。

               

              ところが、いつも親が厳しかったり、怖かったら不快です。

               

              そうするとこの人がやさしさに接すると、不快に感じます。

               

              やさしさが居心地が悪くて、気持ち悪いと言います。

               

              やさしくしないで下さい、と言ってしまいます"(-""-)"

               

               

               


              まなざし

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                対人恐怖の人は他者の目が恐くて見ることが出来ません。

                 

                それは遡れば自分を見る母のまなざしが、温かく見守るやさしい目だったか、

                 

                それとも敵視して睨みつけるような恐い目だったか、又はまなざしが

                 

                なかったかになります。

                 

                お母さんのやさしいまなざしに対して、子供も又お母さんの目を見て

                 

                やさしくほほ笑み返します。

                 

                これがまなざしの一致で鏡の関係になります。

                 

                その一致こそが、子供の心に守られているという

                 

                安心と安全を生み出します。

                 

                この連続で、自分の体と心を愛する健康な自体愛と自己愛が出来ます。

                 

                一方、睨まれているまなざしを向けられた子供は、

                 

                怖くてお母さんを見ることができません。

                 

                自分が嫌われていると思い、

                 

                そんな自分はお母さんから見捨てられたと感じ、

                 

                私は存在価値がないので死にたいとなります。

                 

                そして、母の目は後に他者の目に移行し、

                 

                人の目が恐くて見られないとなります。

                 

                ですので、やさしく温かいまなざしを

                 

                たくさん受ける体験が必要ですニコッ

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 


                自己認識

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                  ありのままの自分を認識するのはけっこう大変です・・・

                   

                  例えば、自分はひねくれ者だとか、逃げてばかりいる自分とか、

                   

                  意志が弱い自分とか…と分かってはいます。

                   

                  ですがそれを認めてそれが自分だ!!と

                   

                  自己規定することは別次元のお話しです。

                   

                  それができないので中々人は変われません。

                   

                  すっぴんでは恥ずかしいから化粧をして、

                   

                  化粧した私が本来の私ですよ、みたいな感じですDocomo_kao8

                   

                  化粧をした私を心理学では誇大自己と言います。

                   

                  誇大自己は大きく見せることですから、

                   

                  その為にだけにとてつもないエネルギーを使い続けます。

                   

                  そうすると他のことに注ぐエネルギーはなくなります。

                   

                  あるがままで生きられたらどんなに楽だろう〜

                   

                  と思いながら、毎日化粧をし続けますゆう★

                   

                   

                  逃げてばかりいる自分と自己規定して、

                   

                  向き合う自分を目指すきことにエネルギーを使うニコッと発展的ですね。

                   

                  最近、私も認めたくない私に出会いkyu奮闘中です=3

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   


                  優越感

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                    人は自分の容姿、学歴、収入、地位、性格等を、

                     

                    なぜか人と比べてしまいます。

                     

                    そうすると、必ず差異が生まれます。

                     

                    そこで発生するのが優越感と劣等感です。

                     

                    とすると、比べなければ優越感や劣等感は発生しませんから

                     

                    人を平等に見ることができます。

                     

                    それなのに人はどうして比べてしまうのでしょうか。

                     

                    人間は命を懸けて自己愛を守るという定義があります。

                     

                    自己愛を満たす為に人は生きていくということを、

                     

                    私自身も痛切に体験してきました。

                     

                    その自己愛を満たすとは何かというと

                     

                    「優越感を持ちたい」ということです。

                     

                    その為に人と比べてしまうのです。

                     

                    しかし比べて、自分より上の人には、つまり劣等感を感じ、

                     

                    嫉妬と羨望そして目障りなので排除心を持ちます。

                     

                    劣等感は自分の価値が下がり、ダメだ生きてる意味がないと、

                     

                    果ては無力感に行き着く危険な言葉です。

                     

                    ですから余計にその劣等感を払拭する為に、

                     

                    また人と比べて優越感を手に入れようとするのです。

                     

                    中々これから逃げられないのです。

                     

                    物心ついた時から人は比較の中に晒されて生きているので

                     

                    比較のない世界を知りません。

                     

                    ですが優越感と劣等感は、人を妬み蔑み馬鹿にし、

                     

                    そして恨み憎しみにまで発展するとてつもない感情で

                     

                    あることは誰もが知っています_| ̄|○

                     

                     

                    人と比べることを放棄するという選択もありますゆう★

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     


                    トラウマ(報復不安)

                    0

                       

                       

                       

                      トラウマとは心の傷が記憶されたことを言います。

                       

                      どのように記憶されるかと言いますと、

                       

                      映像+観念+言語+感情という4つの項目で記憶され

                       

                      トラウマとなります。

                       

                      例えば、子供時代からお父さんに叩かれたり殴られたりして育ち

                       

                      今でも父が怖いというトラウマを持った男性がいたとします。

                       

                      その男性のトラウマを上の公式に当てはめてみます。

                       

                      言語は、「殴る」(殴られるでもいい)で記憶されます。

                       

                      そして映像は、数ある中で代表的な殴られている1シーンを記憶します。

                       

                      何度も殴られている蓄積の中からあるイメージが生まれます、

                       

                      力に負けてしまった為に、もし自分が殴っても父に

                       

                      必ずやり返されるという想像を持ち、

                       

                      それが自分の攻撃性と怒りの反撃の抑止力になり、

                       

                      抑圧されて「報復不安」という観念が内在化されます。

                       

                      それに伴う感情は「死の恐怖」です。

                       

                      この4つを1つにしたものがこの男性のトラウマということになります。

                       

                       

                      子供時代の一番多いトラウマはやはり暴力シーンです。

                       

                      自分が被っただけでなく、見ていただけでもトラウマになる

                       

                      場合もあります。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       



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