個性を持つ

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    お釈迦様は生まれた時に天上天下唯我独尊、

    もう始めから個性をもっていると表現していますが、

    ただそれが発掘されるかされないかというのは

    後の生き方によって変わるんですね。

    分析で目指しているものはまさに個性を発掘するための

    方法論なのです。

    自分で自分のことを把握していなければ

    それは個性とは言えませんね。

    そもそもこの宇宙に自分という人間はただ一人しかいない、

    とすればそれはとても尊い訳です。

    だからただ一人の存在という自分になり切れたならば

    とても素晴らしいのです。

    ですがそう思うことが中々できない訳です^^;

    だからこそそれが分析の目指すところなのですが…。

    個が確立するということは簡単に言えば

    「私という自我をしっかり持っている」ということです。

    更に言えば「私(個)は欲望(理想的対象)を持っている」と

    いうことになります。

    つまりユング的に言えば個性化であり、精神分析は自己実現であり、

    ラカンはこれを享楽と表現したのです。





     

    上から目線

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      上から目線の人は劣等感の塊の人です。

      上下で見るということは高いか低いかの構造です。

      高いは優位で低いは劣等ですから人を馬鹿か利口かという判断を

      してしまうということになります。

      そもそも人を見下したい心理はどうして出来たのでしょうか?

      親子関係の目線に遡ることになります。

      親から無視されたのであれば上下関係は発生しません。

      親はよく「子供なんだから・・・」と上から目線で言います。

      それは見下しているということであり馬鹿にしていることです。

      馬鹿にしているとなれば当然褒めません。

      褒めないということは認めないということになります。

      つまり子供を尊重していないということですね。

      そうするとこの人は常に自分が尊重されているか対等に扱われているか

      という目線で判断するようになってしまいます。

      上から目線の人を見ると嫌な気分になるという人も

      それに反応するということはやはり同じ構造をもっていると

      いうことになります。







       

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