信頼とは?

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    信頼という言葉はよく使われますが果たして自分は人を信頼しているだろうか?

    人間を信頼できるだろうか?

    不信の人が多いかもしれませんね。 基本的に人を信じられないということが

    根底に持っている人が多いかと思います。

    「信頼」のそもそもの起源はなんなんでしょうか?

    それは、「お母さんとの抱っこ」つまり「母と子の一体化」なのです。

    この抱っこが後に信頼を形成するのです。

    抱っこって赤ちゃんにとっては最高なんです!! 自分を完全に守ってくれて包んでくれて

    安全と安心が確保された状態ですから、なんにも怖くない状態です。

    これが24時間体制ですから最高ですよね。 

    セコムが家を守ってくれて安心だわーってなものです。

    この抱っこから今度は自分からお母さんにスリスリしたり、ベタベタしたりと寄っていって・・・

    これが甘えというものです。

    もう少し知性化すると今度は、お母さんあれしてー、これやってよー、教えてよーという

    これが依存ですね。

    これらを言葉でまとめると、抱っこ(一体化)⇒甘え⇒依存⇒信頼 こんな経路になって

    信頼というものを得るのです。

    信頼することが出来ないという人はほぼ最初の抱っこが不足しているということに

    なりますね。



    母の一貫性が大切です

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      中々女性は一貫性というものを持ちにくい。

      お母さんの一貫性は実に大切な要素になるのですが、

      気分によってコロコロ変わるから子供としては大変です。

      昨日OKだったことが今日はNOだということがよくある。

      そんなお母さんを子供としてはどのお母さんを母として中心にみて

      いいのかわからなくなるのです。

      わからないってことは信頼がおけないということになります。

      一貫性がないってことは中心がないってことですよね。

      中心がないってことは、芯のない人間になるってことです。

      芯がないってことはぶれるんです。

      要するに迷う人になるということです、決められないんです。

      あーでもない、こーでもないと言いながら結局は決定できない。


      今日デパートに行ったら、あるご婦人が洋服を持っていて、

      私に聞いてきた。 「この服、私にはハデじゃないでしょうか?

      安くなっているんで買おうとおもうんですが、でも・・・」と。

      散々迷っていて自分では決められないから、見ず知らずの私の意見を求め

      るしかないみたいでした。

      この人は洋服だけが決められないんではなく全て決定できない人なんですね。

      人生これでは大変である。 誰が着る服なのか? 誰の人生なのか?

      人の意見に惑わされ、何が正しいのか正しくないのか?、全く基準がないのです。

      ぶれまくり、動揺します。誰かに何かをちょっと言われるとフラフラと・・・

      さ迷い歩く人生〜 


      一貫性を持ってほしいものです。






      PTSDの治療

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        多くの人は心に大きな傷を持っている。

        そういう意味では、みなPTSD者と言えると思います。

        PTSDの治療には、第一番目に「安全と安心の確保」これが最優先。

        虐待、家庭内暴力にはもちろん空間的な安全の確保が一番ですが、

        クライアントの「心的にも安全・安心」の確保が大切です。

        分析ではここに治療の8割ぐらいを費やす、そのために時間がかかる作業となります。

        クライアントは人間不信になっているため、分析家との信頼関係を時間をかけて

        築くことによって、不信を信頼に変えます。

        それができたら第二段階に入ります。

        思い出したくない、思い出せない記憶が想起されてきます。

        断片的だった記憶が繋がったり、書き換えられていたストーリーに気付いてきます。

        そのことを詳細に1つの物語として全てを語りつくすのです。

        そしてその物語りにラベルをつけて、ファイルし記憶にしまうのです。

        それで初めていろんな自分の物語りの一物語りになるのです。

        そして第三段階は、「再結合」です。

        過去に囚われて止まっていた時間がやっと動きだします。

        人とのつながり、社会とのつながりを自らもとうと積極的になります。

        そして何よりも、私は私の人生の主人公だ!! 、私は私だ!!と思えるようになります。

        ということは、過去の私は死んで新たな私に生まれかわったと思えるようになり、

        今そして未来へと歩きはじめるのです。


        大きなコンプレックスの解消も同じように進みます。

        否定され続けて、生きる意味を失うということはPTSDと同じですから・・・




         

        別れた恋人を忘れられない・・・

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          ふられてしまったのに、元彼を忘れられない。

          どうしたらいいんでしょうか?

          写真も燃やした、買ってもらったものも捨てたけどどうしても忘れられない。

          じゃあ何を燃やせばいいんでしょう〜

          彼と過ごしたそして愛した記憶は消せませんね。

          事実ですし消す必要もありません。

          新しい彼が出来れば忘れられるか?と思っても中々それも難しいです。


          その彼と過ごした過去はもう終わった!! と自分に言って区切ることです。

          しかしこれが中々終わらない、引きずってしまって・・・

          又寄りを戻せるかもしれない、いつか又会えるかもしれない・・・

          未練が引きずります。そういう人はなんでもそうでピリオドを打つ、けじめ

          をつけるという概念がないので、過去を引きずって生きていきます。


          物事に完結はないのです、終わらせるから終わるのです。

          なので、自分の中ではまだ終わってなくても、「終わった!!」と言葉にすることで

          終わりにするのです。


          中々眠れないとか浅眠の人も区切れない人です、眠るということは今日一日が終わった

          区切りなのです。なので、「今日一日が終わった」と言葉にすることが必要です。

          そうすると爽やかに朝を迎えられます。

          ようするに儀式ですね、パジャマに着替えるのも眠るための儀式ですから。


          区切りということはとても大切なことです。

          終われば、「次」という言葉が始まります。

          人間は常に「次」に向かって生きることが大事です。

          これを「前進」といいます。










          語り尽くすまでは終われない・・・

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            語るということは事実と向き合うということである。

            分析場面では最終的には母についての語らいが多い。

            そして毎回、「なんで私を産んだのか?」ということに行き着く。

            楽しかったことやうれしかったことはほとんど語らない。

            記憶に刻印されていることはほとんどが「攻撃された、嫌われた」というだから。

            否定的なまなざしや言葉によって。

            1年や2年はざらで何年でも語り続ける、どんなに語り続けてもほぼ「悪い母」しか出てこない。

            とすれば、きりがない・・・、そろそろ過去を終わらせませんか?そして自分の未来

            に進みませんか?と提案する。

            しかし語り尽くさなければすまない、どうしても終われないのである。

            ほぼみんな同じ。 よって中々子供時代は終わらない・・・








             

            写真に込められたものは・・・

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              子供は親の背中を見て育つとよくいいます。

              本当にそうでしょうか? 

              カメラが好きで写真集まで出したクライアント。

              その写真集は「人の背中」ばかりでした。

              親がやはり言っていたのです、「子供には父親の背中を見せればいいんだ」と。

              背中は何かを語るのか? と思って人の背中ばかりを撮っていたのです。

              何百人の背中を撮っても何も伝わってくるものは無かった・・・と。

              その通りです。

              父親の言い訳です。誤解された考え方です。

              子供は父親が語った分だけしか受け取らないです、あとは遊んでくれた分だけしか

              覚えていません。背中をみて育つものは実は何もありません><


              写真が趣味でいつも空ばかり何百枚も撮っている人がいます。

              その人は、「自由になりたい〜」そればかりを思っていると言いました。



              そのようにいつも人はフォーカスするものには必ず自分のなんらかの思いが

              込められています。

              写真はその人のメッセージ性が凝縮されていて分かりやすいですね^^




               

              思うことと語ること

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                確固たる自分というものを持っていないから中々人前で言いたいことが言えない、

                つまり私は主体性がないから語れないという。

                実はそれは逆なのです。

                語ることによって主体は表れる(語る主体)とラカンは言ったのです。

                人は自分のことを語る機会がない(只のおしゃべりのことを言っているのでは

                ありません)のです。

                セラピーではクライアントは自分のことについてしか語らない。

                私はこう思ってずっと生きてきましたとか、どうして私はここに生まれたのかとか、

                私はこんな人間ですとか、いろんなことを語ります。

                その語りによって毎回主体が生まれるのです。

                私は主体性が奪われてしまって今まで死んでいたのです(精神は)。

                だからこそ、語ることによって始めて自分は甦るわけですね。

                セラピーでは毎回甦りの作業をしているわけです。


                クライアントからの質問。

                語るということにどんな意味があるんですか?

                語らなくても私はいつも心の中でいろんなことを思っているし、そんな中で

                気付きもしているんですが・・・と。


                思うという世界(想像界)と言語の世界(象徴界)は、実は全く別な次元なのです。









                 

                洗脳について

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                  最近話題になった洗脳について。

                  一言でいえば、自分の価値観を他者に占有されてしまったということです。

                  占いというのは、こうすれば幸せになりますとか、こうすれば結婚できますとか・・・

                  具体的に結果を出そうとします。

                  価値は自らが決めないといけないのに、占いによって決定されてしまうんですね。

                  それに頼るということは、自分が価値を持っていないということになります。

                  そういう人は簡単にいろんなものに影響されやすいのです。

                  流行にのる(流される)のも実は洗脳です。

                  私たちはCMに洗脳(影響)されています。メディアに洗脳されています。

                  只中島さんは占い師に洗脳されただけです。

                  インフルエンザが流行していると言われればその流行にのるのも実は一緒なんですが^^;


                  洗脳=マインドコントロールというと宗教の特殊なものと思いがちですが

                  私たちの日常はほとんど何かに洗脳されているのです、恐ろしいくらいなのです。

                  只、悪意のある洗脳か幸せに導く洗脳かの違いがあるかもしれませんね。


                  ですから、しっかりと自分の価値観を持っていないと、汚染されてしまうのです。

                  ある人が言ってました、「最近占いをみなくなった、これって自分の価値観を持てて

                  きたからかなー」と、その通りです。

                  自分の価値は自分で作る、この主体性が大事です!!

                  中島さんは、自分の価値を見出せなかったということは、

                  簡単に言えば母から愛されなかったということになります。

                  つまりは母に依存できなかったということになるんですね。

                  だから、「誰か私を幸せに洗脳して下さい!!」と言ってたんですね、そこにつけこんだ

                  のが占い師だったということになります。


                   

                  人はみな自分の心模様で人を見ているだけ・・・

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                    人は誰でも嫌いで仕方ないと思う人がいるだろう。

                    出来れば顔も見たくない、声を聴くのもイヤだとものすごく嫌悪してしまう。

                    それが実はある時まではなんともなかった人に対してそう思ってしまったとしたら

                    どうだろうか? もっとも辛いのは自分ですよね。

                    しかし、一度そう思ってしまったらもうどうしようもない・・・。


                    とすれば、やはり問題は自分の中にあるのだとは誰でもが気付くでしょう。

                    でも何が原因で嫌いになってしまったかが判らないことがその人を苦しめます。

                    自分の見たくないコンプレックスをあるきっかけで相手に見せられてしまったのです。

                    要はただそれだけです。

                    なので、そのコンプレックスに気付けば問題は簡単に(一瞬)解決します。

                    あれほどに嫌いだった相手が全く以前の人に戻るのです。

                    人はみんな、誰かに対して自分の好きなように見ているだけです。

                    他者のその人なりという本質を見ている人は100%といっていいほどいません。

                    それが人間でしょう。


                     

                    思っていることが実現出来ないのは何故?

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                      自分の思っていることと現実に起きていることが一致していない時、

                      人は「なんでなんだろう・・・」と、その不一致感に苛立つ。

                      誰でもが経験していることだと思う。

                      それは、意識と無意識が一致していないということ、つまり

                      簡単に言えば、思考ではokなのに、心はnoだということでもある。

                      よくあることだが、頭ではよく理解しているつもりだが、心では納得していない・・・

                      そんなたとえでもいいかもしれない。

                      例では、すぐにでも結婚したい!!と思っているのに、いつまでたっても結婚できないみたいな^^;


                      私たちの心は、無意識が95%で意識が5%という割合で動いている。

                      その無意識が現象となって現実に現われているのです。

                      意識=思い・考えですから、上記の例で言えば、意識は結婚したい、で、

                      無意識は現象=結婚していない、ということですから、無意識の声は結婚したくないと

                      言っている訳ですね。


                      もしも、現実がうまくいかない!! と悩んでいたなら、それは本当の自分(無意識)が

                      今思っていることとのズレがあると思ったらいいです。

                      では何故ズレが生じるのか? それは「抑圧」という概念があるからです。

                      先ほどの例えで言えば、表面的には結婚したい、仕事も大変だし、親にも孫の顔を

                      見せてあげたい、周りのみんなも結婚していくので出遅れたくない・・・などなどの

                      いろんな状況がある。

                      でも、お母さんはお父さんから暴力を振るわれていて、とても夫婦って素晴らしい

                      モデルにはならない、まして女は男の奴隷なのか?とか、何故お母さんは離婚しな

                      かったのか? 自活できないから仕方なく言いなりにならなければならなかったのか?

                      など、夫婦像を描けなかったり、男性に対して恐怖を感じていたり・・・いろんなケースが

                      あるが、そういう状況の中でいつしか無意識では「自分は結婚しない」と決めて

                      いたりするのです。

                      とすれば、どんなことをしても結婚はしないという方向に行くのです。

                      無意識が運命を動かすのですから。

                      しかしそれは遠い昔に無意識下に葬ってしまった(抑圧)ことなのです。


                      そのいろんな無意識を意識化することがセラピーです。

                      そして、意識と無意識がイコールになった時に、現実界は思った通り!!になるのです。


                       


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