独占!!

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    赤ちゃんにとって、お母さんは自分の命を守ってくれる大切な人です。

    おっぱいをくれて、おむつを替えてくれてお風呂に入れてくれて

    という世話行動が最も基本です。

    これがなくて、どんなにお母さんが心で愛しているのよ、

    と言っても赤ちゃんのお腹は満たされません。

    お母さんは夜中でも睡眠不足になりながらも、定期的に起きて

    おっぱいを与え続け、泣けばあやしてと24時間体制で

    世話をし続けます。

    お母さんはゆっくりお風呂に入る時間もシャンプーをする時間さえも

    ないくらいです。ましてや一人で外出する時間なんてありません。

    それほど赤ちゃんに独占され続けます。

    赤ちゃんはいつもお母さんの匂いを嗅ぎ続け、

    お母さんの肌に触れ続け、声を聞き続け、顔を見続け、

    いつの時も傍に居てくれることで守られているという

    安心感を持ちます。

    どんな時でも、私の傍にはお母さんがいてくれるから

    絶対に大丈夫だ!!と思うのです。

    この独占体験が、のちに「信頼」という言葉に変換されます。

    この体験は、最低でも生後18ケ月は必要ですニコッ

    赤ちゃんが授乳を要求した時にすぐに答えてあげることで

    赤ちゃんの要求を共有したことにもなります。

    それがのちに分かち合う精神になります。

    4才の子が必ず同じ物を2つ買うのです、どうして?と聞いたら

    「お母さんと分かち合いたいの」と言いました。

    大人顔負けです・・・

    人間となる根本には、母を独占する体験が必要ですね。








     

    オールOKと躾の違い

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      オールOKと躾の違いがよく分からないと言われます。

      オールOK子育ては、子供から申告を受けたことに対して答えることであり

      子供の要求を否定せず受け入れることです。

      躾は幼い頃は人間的マナー、小学生になったら社会公共道徳のルールと

      マナーを教えることです。

      躾は、幼い子は視覚情報で学びますから親がやって見せて教えます。

      つまり大人の立居振舞が躾になります。

      親がテレビを見ながらご飯を食べていれば同じように真似ます。

      親が椅子に足を立てて食べていれば子供も後に同じことをします。

      親が寝る前に歯を磨かなければ子供も磨きません。

      食卓が和気藹々で食べていたら楽しく食べます。

      食事する時は食事を、遊ぶ時は遊ぶというように場をわきまえるというのは

      食事をするダイニングとテレビを見るリビング、遊ぶ部屋と寝る部屋と

      分かれていることが理想です。

      家が人間を作ると言います、例えば2LDKでも機能を分化し使い分ける生活を

      親がしていれば、あーしなさい、こうしなさいと言わなくても子供は見て学びます。

      ですから親はいつも子供から見られているという意識を持ち自分を律して

      生活していなければいけません。

      躾は教育であり、オールOKは主体の尊重と欲望の充足ですので

      全く別になります。

       

      父の権威をつくる

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        子供は母しか必要がなかった時代を経ると

        家の中に父の存在が目に入ります。

        子供がゲーム買ってと言った時にお母さんは

        お父さんに聞いてみなさい、お小遣い上げてと言われた時に

        お父さんに相談してみなさいと言えば

        決定権はお父さんにあるとわかります。

        あくまでも主導権を握っているのは父であるという

        ことを見せなければいけません。

        子供からの要求にお母さんが一人で決済しているとなると

        財布の紐を握っているのはお母さんとなり

        権力者は母になってしまいます。

        又、お父さんが「お金のことはお母さんにまかせているから

        聞いてみなさい」これでは父の権威は放棄している

        ということになります。

        日用雑貨品はお母さん決済で構いませんが、

        例えば1万円以上のものはお父さんの決済を仰ぐというように

        家庭内のルールを決めておくといいと思います。

        お母さんに決定力がないので子供たちは物足りなくなり

        お父さんてすごいなーと段々頼ってくるようになります。

        こうして今まで母子べったりだった関係に

        父の権威に依存するという形で引き離します。

        家庭の中で父の地位を確立することが大切です。

        確立できなければ子供にとっても母にとっても

        父は必要ない後にいらない存在になってしまいます。












         

        好奇心

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          好奇心のない子供はいません。

          その芽を摘まない限りにおいて好奇心は持ち続けられます。

          好奇心があって始めて「これなんだろう?」

          と対象に興味を持ちます。

          興味を抱くと「どうなっているんだろう?」とどんどんそれを

          追求し理解しようと思います。

          理解すればその対象に愛着を持ちます。

          同時に知る喜びも味わうことが出来ます。

          その愛着は好きということですから最終的には対象への愛(人間愛)

          を育てることになります。

          《 好奇心→興味→理解(知)→愛着→対象愛 》

          危ないからやめて、汚いから触らないで、片づけるのが大変だから

          そんなことしないで、一々付き合っていたら時間がかかって…と

          言いたくなる気持ちはよく分かりますが、

          やはり好奇心はそもそもの出発点です。

          上記の経験をした子供が大人になって今度は自分への問いかけが

          出来る構造になります。

          自分とは何者か?私はどこへ向かえばいいか?

          アイデンティティーの問いかけに答えを出し、

          なりたい自分になって行く。

          つまり新しい自分を発見し続けることが出来るのです。
















           

          子供を否定しない

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            自分の思う通りに子供を育てたいと思う親は多いようです。

            ですから子供の言動が親の考えに相違していると

            それは違うだろうと否定します。

            例えばお父さんがアウトドア派であれば、家の中でテレビやゲームばかり

            している子供に、「家の中でばかり遊んでないで外で遊べ!!」といつも

            怒鳴り散らしてしまいます。

            子供がやっていることはムダなことであり、無意味だと否定している

            ことになります。

            親としては否定しているつもりで言っているのではないと思いますが、

            言われた子供は自分の行動を否定された、それはイコール存在を否定

            されたと受け取ります。

            自分はアウトドア派だけど子供はインドア派なんだな、子供がそうしたい

            んだからそれもokだと認めてあげる。また、自分の子供時代はゲームが

            なかったから外で遊ぶのは当然だったなと時代背景も考えることが必要です。

            ダメと言われれば言われるほどに、人はそれに固執するものです。

            幼い頃は親の言う通りにしても、成人してから引きこもり昔やらせて

            もらえなかったからとゲーム三昧に耽る人たちが沢山います。


            親の思う通りに育てるということは子供の主体性を剥奪(はくだつ)

            することになりますから、子供は操り人形となり自分の喜びや楽しみなどの

            感情がなくなり、肉体だけが生きているゾンビのようなものとして

            存在し続けることになります。







             

            親の姿

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              絶対自分は間違っていない、自分が一番正しいと思い込むことは危険ですし

              そもそも神ではありませんから完璧な人間はいません。

              親はどんな時も決して謝らなかったとクライアントたちは言います。

              親のほうが長く生きてきたのだから、人生経験が豊富だから

              親のいうことは間違ってはいないと言われ子供である自分の

              意見は全く聞いて貰えなかったともいいます。

              何でもやってみなくちゃ分からないだろう…と

              心の中で呟いていたといいます。

              こうして育てられた子供は大人になってやはり親と同じように

              絶対自分は正しい!と思うのです。

              かつてあれだけあんな親のようにだけはなりたくないと思っていた

              にも拘わらず…いつの間にか取り入れてしまっているのですが

              そのことには中々気づかないから困ったことになるんですね。


              やはり自分が間違っていると思ったらすぐに修正する、

              そして謝ることが大切です。

              親としての面子が潰れるんじゃないか?ということを気にして

              謝らないという人たちがいるようですがそんなことは決してありません。

              いつでも誰にでも自分は修正する準備があるということと柔軟性を

              持っているその姿を見せることが人間として親として

              最も必要であり大切なことです。






               

              父の権威

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                親は子に対してそれぞれの役割というものがあります。
                母としての役割は育て(世話)ること、
                父としての役割は教えることです、そしてもう一つ家族を統括する
                権威者であるということです。

                クライアントから家族の話しを聞いていると、
                今や父の存在は薄く何も言わずただ居るだけの人であったり
                叱るだけのうるさい存在であったりします。
                権威を持った父には出会ったことがありません
                また最近は友達関係な父子も多くみられます。
                子供と一緒に遊んで仲良し父子だけが父の態度ではありません。
                もちろん子供と遊ぶことは当然ながら大事です。
                子供はお父さんが遊んでくれた分だけは覚えています。
                しかしそこで済ませてはいけませんね。
                やはり権威というものを作らなければなりません。

                権威とは、大人の世界と子供の世界に一線を画すことです。
                その線引きをする為には、父が大人の自覚をしっかりと持って
                いなければなりません。
                子供たちは父のことを口を揃えてこう言います。
                いい加減だ、言ってることとやってることが違う、でたらめ、
                自分勝手でわがまま、無責任だ・・・と。

                つまり理性がなく客観性もない、「言ってることが矛盾している」
                あげくは「約束したのにやらない」。
                出来ないことは最初から言わないことです。
                これでは大人としての自覚がない訳ですから
                当然権威を失っていくことになります。

                そしてもう一つ、父は教える人ですから、物事を知っていて
                子供にしっかりと教えることが大切です。
                子供から聞かれて、「ダメなものはダメなんだ」、
                「黙って言う通りにしていればいいんだ」、「自分で調べろ」
                では教えることにはなりません。
                何がどうしてダメなのか、論理的に説明してあげる必要があります。
                お父さんも分からないことはある訳ですから調べて教えて
                あげればいいのです。
                権威とはただ威張ること、強制することではありません。

                家族を統括する権威ある父がいてはじめてその家族は
                健全に機能します。




                 

                どうでもいい存在

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                  「自分がこの世に存在していていいとは思えない」

                  これはどういうことでしょうか?

                  つまり私は生きるに値しないと言っていることですね。

                  そのように思っている人は、自分はどうでもいい存在だと規定しているわけです。

                  どうしてそう思ってしまったんでしょうか?

                  養育環境の中で、つまり両親から、自分という人間が「優先」されたことが

                  なかったということになります。

                  お母さんは、子供からの要求やお願いごとよりも自分の用事のほうが優先、

                  ご飯作るほうが優先、洗濯や掃除、電話やメールのほうが優先、

                  「今ちょっと手が離せないから後にして」、「忙しいんだから明日でもいいじゃない」

                  優先されないどころか、いつも「後回し」です。

                  後回しばかりが思春期まで蓄積され続けば、「自分はどうでもいい存在なんだなー」と

                  完璧に思ってしまいます。

                  どうでもいい存在ですから=生きるに値しない人間、そして自分なんて生きてる意味がない

                  というところにいってしまうのです。

                  そうして、やりたいこともないし、好きなこともない、全てはどうでもいいじゃないかと

                  なってしまいます。

                  これはお子さんが若ければお母さんの育て直し(オールOK子育て)で改善します。

                  オールOKの基本は、「オールOK、適確、敏速」な世話行動です。

                  敏速ですから誰よりも早く優先されること、これをし続けることによって

                  自分なんてどうでもいい存在から自分は価値ある存在だと書き換えることができます。





                  育て直し(育児=育自)

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                    母は、子供を産み育てる過程において自己自身を育て直しています。

                    そのために、その子に見出す自我は母親それ自身の自我で、

                    子供の自我を見出すことはないといえます。

                    それゆえ、母は我が子を自分自身の体の延長のように捉え、

                    どうしても自分の思い通りに動かそうとし、自分の意に反した時、

                    怒ってしまうのです。

                    これが母のしつけのある意味真実といえます。

                    すべての母がそうだとは言えませんが、感情的に叱っているもののほとんどは

                    こういう心的メカニズムになっています。

                    これが育児=育自ということになります。

                     

                    良い母のイメージが対象恒常性を創る

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                      人を愛し続ける、人を信頼出来る、人に愛着を持ち続けることが出来る・・・

                      それらを持続し続けることが出来るということ、これを支えている心的構造に

                      「対象恒常性」というものがあります。

                      対象恒常性というものは『母』です、それも「良い母」イメージですね。

                      これは生後18ヶ月ぐらいまでに確立することが出来ます。

                      どういうものかというと、赤ちゃんの心の中に「母がいつもいる」ということです。

                      心の中に母が定着していれば、本当のお母さんがちょっと出かけても泣かないで

                      待っていることができます。

                      言い換えれば、母=安全・安心が赤ちゃんの中あり続けるということなのです。

                      赤ちゃんは寄る辺なき存在ですから一番に安心安全の確保が大事なのです、

                      その安全安心は母が守ってくれるということで、母が心の中に定着したということは

                      =安心安全が確保されたということになるのです。

                      母(対象)の恒常性という意味は、永遠に変わらないということ、この永遠性が

                      母を信じ続け⇒人を信頼し続け⇒愛し続けること、

                      思いが持続し続けるということになっていくのです。

                      それは又、母の恒常性=自分の不変性(自己同一性)に繋がっていますから、

                      常に自分も変わらず有り続けることができます。


                      人に愛着がわかない、人を信じられない、人を愛せないという人は

                      対象恒常性が確立できなかったということになります・・・

                      つまり、良い母のイメージがなかった・・・ということでもあります


                      PR

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