アファメーション

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    アファメーション=宣言
    「力強く、心を込めて宣言しよう
    自分の夢を断言すると、実現だ!!


    私が引いた今日のカードですラブ

    本日も応援頂きありがとうございまするんるん


    断言することってとっても凄いパワーがありますパンチ
    私たちはいつも何かを決めているから、行動に起こせるんですよね。
    それは、ものすごく小さいことから、とっても大きいこと・・・
    日々決定の連続です。
    それを断言するっていうと、とっても大それたことのように感じますが
    もし、夢がありそれをなんとかして叶えたいとか、
    自分の決断に揺らぐ時は、この宣言が効果的です。

    自分が言葉に出して言ったことは、エコーのように自分に戻ってきます。
    また、言霊というのがあるように、自分の発した言葉に魂がやどります。
    宣言は自分自身への約束でもありますね。
    だから自分の言ったことそしてそれを行動したことは
    自己責任となり、言い訳ができなくなります。
    別に自分を追い込むということではありませんよたらーっ

    自分に自信がない人には特にお勧めですウィンク
    主体性を排除されて育った人は、「決める」ということが、
    できません。
    学校や就職・結婚などの大きな決断ならば余計にです。
    どうしても、親や上司や友達などに意見を求めてしまいます。
    そして、後に不都合が生じた時に苦しみ、「後悔」という思いが
    でてきます。それは、自分の決断ではなかったからです。
    そして、人のせいにして「自分の人生は不幸だ」と嘆きます。

    アファメーションは、思考していることを言語化し、しかも、言い切る!!
    すると、行動することが容易になり、それが現実化するぴかぴか
    自分を信じ切り、自分の能力を信じ切り、勇気を持って行動するだけ。
    小さなことからでもいいので少しずつ・・・変わってきますニコニコ

    もうすぐ春ですねかわいい

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    やさしくたのしい心理学講座 
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    グリーンテラスのHP

    身体とcocoroの声を聴く

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      人は語れないことによって病むといいます。
      赤ちゃんはとっても素直ですラブ
      だから、お父さんとお母さんがケンカしたりすると、
      熱を出します。
      しゃべれないので「ケンカしないでよ[:がく〜:]」
      って!いう訴えなんです!!

      朝、お腹が痛いよーって言って学校を休むのも
      学校に行きたくない理由があります。
      それを身体に表す、子供の心の表現方法です。

      大人も実は同じですわーい
      ただ、歪曲されて表現されるだけです。
      仕事や家庭のことに疲れ休息が欲しくなると
      なんとか、正当な理由で休みたい・・・
      1〜2日ぐらいでいいのなら、風邪でしょうか。
      ゆっくり休みたいなら、椎間板ヘルニアとか、骨折・・・
      これは、病気ではないので食事も普通にできます。
      ただただ寝ていればいいだけですからたらーっ
      他、人それぞれの表し方はたくさんありますあせあせ
      だから、病院が無くなることはありませんねYES!

      自分の身体を身代わりにして表現するよりも
      言葉に出して「言えれば」 → 「癒える」んです!!
      ですが、日本人は特に、言わないことが美徳!とか、
      男が弱音を吐いていけない!とか
      (男は黙ってサッポロビール…てれちゃうなんてもありましたね、
      個人的にはサッポロビールは好きですがあっかんべー)
      言葉で表現することがとってもへただと思います。

      最近、私の身体はもろに(早すぎっ汗ていうくらいたらーっ)心の声を身体に表します!!
      それは単純なんです。胃のあたりなんです。
      来たぞーって思います汗私の本心は何を思いどう言いたかったのか!
      しばし聴きますくるりん
      「本当はこうしたかったのに出来なかった・・・のが悔しかったのねポロリ
      と、実は言いたかったのね!!と語ると、そしてそれが腑に落ちると、
      なんと5分もたたない内に痛みは消えますぴかぴか
      我ながら素晴らしいぴかぴかと拍手しちゃいますウィンク

      まあ、それほどに「身体はこころのモニター」です。
      自分の心の声に耳を傾けてあげたら、わざわざ高い医療費を払って
      痛みを伴って家族に心配をかけることもないのです。

      ですが、みな語りたくても、「語れない」のです。
      心の叫びを語った時に本気で聴いてくれる人はいないんですよね。。。
      それが、私のお仕事です。
      今つくづく思います「その叫びを私が受け取りますラブラブ」と。


      応援いつもありがとうございます赤い旗

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      こころの視界が開けるときとは・・・

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        午後の日差しの中、遠く水平線に名古屋か苫小牧からのフェリー船
        くっきり真っ白に見えました、まだ空気が冷たいからですねニコニコ

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          応援頂き感謝ですラブ

        人は、ピンチに遭遇した時に、初めて本気で「変わりたい!!」と
        思いますよね。
        いや、自分はいつも変わりたいと思っている、という人の声が聞こえて
        きそうですがたらーっ
        それは「・・・たい」という希望があるだけ・・・。
        とりあえずは困ってはいませんから汗

        環境や経験の中で性格は作られていきます。
        だんだんに心の視界は狭まってきます。
        石のようになった硬い心は中々他人の意見や人を受け入れることはできません。
        「大変」なことが起きたとき、このままでは・・・と、
        やっと心が柔軟になりますひやひや
        人のアドバイスに初めて真剣に耳を傾け、スポンジのように
        吸収する心になります。
        心の視界が開けた時、周りの風景は一変しますぴかぴか
        あらゆる角度で他人や自分を見れるようになり、
        「こんな考え方もあるんだ」「そういう人生もありかな」と
        自分と違う人を受け入れ認めることができたりします。
        そうなると、人生の展望が開けてきます。
        大変は「大きく変わる」と書きます。
        「ピンチはチャンス」とはまさにの言葉ですひらめき
        本気で変わりたいと思っている人は、ピンチを自分で引き寄せて
        いるのでしょうね。
        何故かって、、、
        「自分を変えることは難しい!!と
         一番知っているのは自分だからたらーっ

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        豊かさ・・・

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          今日は立春です。
          旧暦で言えば、今日が「新年」です日の出
          季節的にもなんとなーく春の芽生えを感じさせるかわいいこの旧暦の方が
          「新年らしさ」を感じて、気持ち的には節目と思う私ですチューリップ


           いつも応援ありがとうございまするんるん

          人はみんな、豊かさを求めて生きているんだと思います。
          お金を求めて生きているわけではないとも思います。
          何が豊かなのか、それは人によっても違うはず。
          お金は、豊かさとは同じとは限らない・・・

          昨年末、友人から一通のメールが届きました。
          「本音で話し合える環境の素晴らしさを心底実感した今、
          人は金銭的に豊かでなくても、本音で話すことが出来る人を
          数多く持っていれば、割りと不自由を感じないような
          気がします・・・」と。

          豊かさを感じる時とは、やっぱり「こころ」が豊かだなぁーと感じた時、
          それは、心と心の会話が出来たとき・・・
          そんな時間をたくさん持てたら「幸せだなぁ〜自分てニコニコ」と
          思うんじゃないかと私もやっぱり思いますラブ

          みなさんにとって、豊かさってなんでしょうか?

          グリーンテラスのHp

          自己防衛 〜 「昇華」

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            豆まきはもう終わりましたか!?

            今日も恒例にポチッとお願い致しますハート
              いつもありがとうございます。

            病いに至る原因は「自己防衛」が破綻した時です[:がく〜:]
            人間は誰でも自己保存本能を持っているので、防衛機制が
            働かない人はいません。
            実は、いろんな防衛を働かせながら私たちは生きています。

            たとえば、子供のうちは快感原則に従い「したいからする」
            「言いたいからいう」で当たり前でした。が、大人に成長していくと
            現実原則に従い「したくないけどがまんしてする」
            「言いたくないけど言わねばならないのでいう」となります。

            いい子」とは、子供のうちから現実原則に従っている子です。
            ですがある限度を越えるとそれは破綻します。
            不登校や家庭内暴力にだったり・・・。
            そして、「今まであんなにいい子だったのになぜ?」と周りは言います。

            抑圧や抑制も防衛手段です、その欲求を適度に、社会に容認される形で
            発散するすべが必要なのです。
            それを「昇華」といいます(これも防衛の一つです)
            たとえば、攻撃したい気持ちや破壊衝動を剣道やボクシングで発散するとか、
            ドラムや太鼓をたたくとか・・・です。
            街中や学校で人を殴れば問題ですが、上記の方法であれば、
            社会的に問題ありませんよね。むしろ、それを続け、
            大人になって世界チャンピョンになったり、大会で優勝して
            賞賛を得たりというおまけさえついてきたりしますねたらーっ

            その昇華をうまくできない、つまり感情の始末が下手だったりすると
            よくいいますが、「もうガマンの限界だー!!」ってことになるのです。

            そんな「いい子」には、反抗期らしいものがなかったりします。
            うちの子は本当に手がかからなくって〜と自慢している親御さんは
            どうぞ気をつけて下さい。
            「まさか・・・」という前に必ずこどもはサインを出しています。
            そのサインを見逃さないで欲しいと思います。

            これは、「やさしく、たのしい心理学講座 〜こころの発達〜
            で学びます。
            新しく学ぶ方の2月の日程は、
            2/18(水)または、2/22(日) 13:00〜15:00でスタートします。
            お一人からでも始められますウィンク
            興味があるかたはご連絡下さいムード

            グリーンテラスのHP


            名前

            0
              月が改まると、気持ちも改まるような気がしますね。
              昨日の大雪が止んで、
              今朝は白銀の世界結晶に、青空と朝日日の出、そして輝く海がみえるこの部屋に
              やっぱり感動してしまいました、最高ぴかぴか

              今日もまた応援して下さいるんるん

                いつも感謝ですニコニコ

              私の師が昨年末に運命は名前で決まるという本を出版しました。
              子供の名前は親が付けます、当たり前ですねたらーっ
              一般的には、親は子供の幸せを願いながら、名前にその思いを託します。
              ですが、それは実は自分たちの欲望でもあります。
              なので、我が子に期待してなんとか思う通りに育てたい!!
              自分が出来なかったこと・・・、「夢」を子供に託すのです。

              我が子はペットではなく、一個人の人格を持った尊い存在ですぴかぴか
              精神の発達は3〜4歳でほぼ確率します。
              子供だから・・・なんて親の支配下に置くことは実は出来ないのです。

              親の願望=欲望のもとに育てられた子供は、個の尊重を削がれて
              個性を発揮出来ず、親から呑み込まれてあっぷあっぷして
              どうしようもなく悲鳴をあげますモゴモゴ
              それが、後にいろんな形で露出します・・・。

              自分で自分の名前を決める。
              他者の欲望ではなくて自分の欲望=自我理想を。
              私が初めて付けた名前が、「セラピールーム グリーンテラス」ですよつばのクローバー
              由来は、二つあります。
              一つは、
              私がどうしようもなく人生をさまよっていたころ、オアシスとしていた
              ところが「丘のテラス」というお店でした。
              救われたという思いから「テラス」を頂きました。
              もう一つは、
              私のチャクラがトータル的に「グリーン」なんです。
              グリーンは癒しの色でもあります。
              そして、グリーンは第4チャクラの色でハート(心臓)ハートの部分です。
              ハート(こころ)を照らす(テラス)→闇といわれる「無意識」に
              光をあて「意識化」するという意味なのです。

              何度もこの日記にも書きましたが、
              「無意識の意識化」それは、「自分の抑圧していた欲望と共にいきる」
              ということです。
              それを自分に了解したならば、自分の生きたいように生きられるラブ
              それが「真の自由」を手に入れたということになると思います。
              誰もがみんな「自由」を求めていると思う今日この頃です。

              「運命は名前で決まる」は本屋さんでは販売していません。
              読んでみたいという方はご連絡下さい。
              内容は、2009年01月号 特集 運命は名前で決まる

              グリーンテラスのHP

              勇気をもって「決める」

              0
                今日は、きのうの雨とは一変して大雪ゆきになっちゃいました。
                玄関を出たら、真っ白…約束していたのですが・・・
                急遽電話して「この雪では私には運転は無理かも」って言ったら
                元警察官だった方「自分が無理って思ったところが自分の限界・・・
                それを無理して運転すると事故に繋がる…」と。
                う〜ん最もであり深いーのー言でしたひらめき

                今日も応援のクリックをお願いします。

                  ありがとうございます結晶

                秋保の慈眼寺に塩沼亮潤さんという方がいらっしゃいます。
                吉野の山の大峯千日回峰行を達成した方です。
                昨年講演会にも行ってきました。
                千日回峰行とは・・・片道24キロ、高低差千三百メートル以上の山道を
                16時間かけて1日で往復。それを1000日、合計で48000キロ
                歩き続けるという修行です。
                1300年の歴史の吉野山でたった2人した達成していないといいます。

                掟があり、いったん行にはいったら、決して途中でやめることは
                できないということです。
                足の骨を折っても、不慮の事故に遭ってもです。
                万が一、この行を途中でやめるときには「神様仏様申し訳ございません
                でした。千日間歩き通しますと申しておりましたが、自分の不徳によって
                途中でやめざるを得ません」と神仏にお詫びをして、左腰に携えている
                短刀で自分の腹をかき切って自害するか、あるいは死出紐という紐を
                木に結びつけて首をくくって命を絶たなくてはならない」という
                厳しいものだそうです。
                  〜人生生涯小僧のこころ(塩沼亮潤)より〜

                行に入ると、体の調子が良いか悪いかではなく「悪いか最悪か」の毎日
                だったそうです。講演を聞いていて涙がでてしまいましたポロリ

                今の時代になぜそんな修行をするんだろうか?と思いました。
                小学生の時にテレビで千日回峰行を達成した人をみた時に
                自分もやる!!って決めたそうですひやひや
                ちなみに、この方は現在40歳ですよたらーっ

                人間「覚悟」をしなければならない時がきます。
                私もこの「覚悟」というもの、一度もしたことがなく・・・
                「覚悟」とはどういうことだろう?と思っていた時にであったのが
                塩沼亮潤さんだったのです。

                私は最初この話を聞いた時に「死ぬ覚悟」があったからできたんだと
                思っていました。その覚悟なくては行は出来ないと。
                覚悟する」とは死もいとはない、そんな決心が
                必要だということだろうとちっ

                しかし、違っていました。
                この行を満願するというただその決心だけでした!!
                つまり「生きる覚悟」をしたということなんですね。
                だから、最悪でも、明日への希望日の出があったんですね。
                何度も何度も死にそうな目にあったと言います・・・。

                もしも死ぬ覚悟をしていたら、たぶんやはりその機会は
                訪れたと思います。

                「己とは一体何なのか、人とは一体何なのか、人生とは一体何なのか」
                と自分に問われたといいます。
                そして、「人は苦しむために生まれてきたのではない。
                苦しみの中から喜びを得るために生まれてくるもの」であると。

                私たちは毎日、どんな小さなことでも、自分で決めています。
                「決めた結果」行動がありそれが現象となります。
                大きなことでも小さなことでも全て決めなければ、動かないものです。
                もし自分にポリシー(信念)がないという方は、たぶん物事を
                決めていないのではないかと思います。
                簡単にいうと「私は〇〇であると決める!!」とか
                ということです。
                決めたら、それは行動となり、現実化します。
                『大きなことを成し遂げる』には、
                やはり「大きな覚悟」が必要ではないかと思われます。
                そして、「勇気をもって、自分を信じて、やると決める!!

                グリーンテラスのHP










                新しい人生が始まるときとは・・・

                0
                  今日は雨でした、それほど冷たい雨でもありませんあめ
                  まもなく2月ですが・・・くるりん

                  今日もみなさんの応援のポチッをお願い致します温泉
                    ありがとうございますかわいい

                  うつの人に「頑張って!」とは言わないように、というのは
                  多くの人に周知されました。
                  ということは、今まで「頑張る」ことがその人の原動力でなんとか
                  生きてこれたということですよね。
                  みんな、実は何かしらの原動力があるからこそ生きられています。
                  強がる」だったりとか「ミエを張る」とか・・・ひとそれぞれ・・・

                  頑張っている人に「無理しないで」と言っても
                  何言ってんの!?といわれます。
                  強がっている人に「弱みみせていいよ」と言ってもこれまた
                  きょとん?とされますたらーっ

                  人生の中では、その原動力を持っているからこそ
                  なんとか生きてこれるのです。
                  ですが、何か大きな転機に遭遇した時に「破綻」します泣き顔
                  それは、心が耐え切れなくなるという表現でもいいかもしれません。
                  何故かというと、頑張ること・強がること・ミエをはること等は
                  自分が望んでやってきたことではないからです。
                  そうせずにはいられなかった!!爆弾から
                  仕方なくやってきたことだからなのです。
                  悲しいかな、生きていく手段ということですよねポロリ

                  この自分が背負ってきた十字架みたいなものを
                  みんなもっていますが、この一言がみんな語れません。
                  語りたくないのです・・・。(気付きたくないともいいます)

                  「強がっていたんだ・・・」と自らの十字架に気付いた時(語った時)
                  そして、それを信頼する人に(分析家)認めてもらったときにはじめて
                  その時、瞬時に、虚脱感に襲われたといいました。
                  肩の荷がおりたともいいます。
                  そして、、、
                  自らを許可し「もう強がらなくってもいいんだー」ってぽろっと
                  つぶやきました祝
                  時間を置いて、、、
                  「楽に生きてもいいんだーるんるん」っても言いました。

                  この一言を言うまでにかなりの時間がかかります。
                  それは当然といえば当然です。
                  30年、40年、50年この十字架みたいなものを背負って
                  きたわけですから…

                  そこからが新しい人生ですぴかぴかぴかぴか
                  みなさんはどんな言葉が原動力でしょうかワッ!

                  グリーンテラスのHP

                  自由へ至る王道

                  0
                    ゆうべは、4〜5年振りの再会があり
                    大いに盛り上がっちゃいましたるんるん
                    おかげでたのしいワイングラスでしたニコニコ
                    人とのご縁を大切したいとつくづく噛みしめた夜でしたラブ

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                    今日はすごいタイトルですラッキー
                    たとえば、愛想笑いをする人がいたとしますね。
                    その人はそういうかたちでしか「人の攻撃を防ぎたい」
                    「人の好意がほしい」という欲求を充足できなかったりします。
                    その原因は多分に幼少期に、そういう愛想笑いをしなければ
                    生きられない状況にあっただろうと推測できます。

                    今のその人は過去のどこかでの経験の結果なのです。
                    原因なく愛想笑いのくせが身につくはずがないからですひやひや
                    火のないところに煙はたたないというように。

                    では、過去の影響下から脱出して自由になるためには
                    どうしたらいいのでしょうか?
                    それは「無意識の意識化」です。
                    過去の影響が無意識にその人の行動を支配しているのですから、
                    どんな体験が、どんなふうに行動を支配してきたのか具体的に
                    気付けばいいのです。

                    愛想笑いの人の話に戻りますが、
                    本人はそういうことをしていることすら気付いても
                    いなかったりします。
                    今まで気付かなかった行動の仕方やくせに気付き、
                    そのくせの意図を知り、なぜそういう感情をもつに至ったか、
                    その由来を発見するのです。

                    もちろん、気付いただけでは変われないこともあります。
                    ですが、気付けばそれにふりまわされなくもなります。
                    また、意識化したために、今まで気付かなかった問題がクローズ
                    アップしてきて、悩むようになることもあります。

                    人間は悩みがなくなることはないと思います。
                    ただ、多くの人は悩むに値しない問題に悩みつづけ、
                    いろんな病気になったり心を病み、無駄にエネルギーを
                    浪費しますたらーっ
                    それよりも、「自己を知り自覚して生きること」に
                    悩んだほうがよいのではないかと思いますわーい

                    自由へ至る王道とは「無意識の意識化」ぴかぴか
                    グリーンテラスのHPです。



                    眠りの意味・・・

                    0
                      今日も穏やかないいお天気の一日でしたおてんき
                      ちょっとずつですが、春の予感がしていますねチューリップ

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                      ありがとうございますラブ

                      よく「死んだように眠っている」とか、朝、目が覚めたときに
                      「今日もいのちをいただきありがとうございます」(いのちは連綿と
                      続いているんですがたらーっ)とかいいますよね。
                      眠り=死」と、一つの区切りのように捉えていますね。

                      1/21の日記でもふれましたが、存在を否定されたり主体性を抹消
                      されたクライアントさんは、セラピー(分析)によって生き返ります。
                      あるクライアントさんの最近のお話です。
                      このところずっと寝るときにもパジャマには
                      着替えず、日中の普段着のまま布団に入っていたといいます。

                      分析すると、せっかく生き返ったのに、眠ることによって
                      死ぬということはイヤだったということになります。
                      眠りと覚醒の区切りはつけたくなかった→「死にたくなかったノーノー
                      クライアントさんにとって、パジャマに着替えることは「死」に
                      繋がることだったんですね。
                      やっと生き返ったんだぴかぴかという、心の叫び!!が、
                      そんなふうに行動に表現されていました。
                       (クライアントさんの了承のもとに記載しております)

                      昔のことになりますが、私は長時間眠ることが大好き=得意でした汗
                      眠り姫?になりたいポッなんて思うほどに眠っている間が幸せだと思っていました
                      (実際、寝ている間には感じられませんがあせあせ)

                      私にとっての眠りとは「いやなことの記憶の喪失」の時間と
                      置き換えていたのです。
                      それで、やっと日常生活をなんとか過ごせていたのでした。
                      人はみなそれぞれに行動に意味付けをしているのですどんっ

                      グリーンテラスのHP












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